アルゼンチン・コルドバ生活とその後

2018年4月から2年間、アルゼンチン生活。中南米生活、2ヶ国目。2016年から合計4年の海外赴任を終え、2020年5月10日帰国。

ここに来た理由 その1 「エリザベス女王」

★早いもので、世界が悲しみに暮れた

あの9/8 から1年7ヶ月が過ぎた。 


【2022年9月8日】


エリザベス2世の引退日である。


これが、

ここイギリスに来た大きな理由の1つである。



忘れもしない。


あまりにもショックで、下書きをしたまま

ムラゴンにアップせずにいた😓


イギリスに来たことだし、

あの日の私の気持ちをアップしておこう。


題名は「クィーン引退」



1️⃣2022年9月19日


ついに、この日がやってきた。


【エリザベス女王引退儀】


私の中では、山口百恵と同じくらい

印象に残る素晴らしい最後だった😭


60年40回に渡り、近親者と

この日のことを練ってきたクィーン。


さぞかし満足のいく大舞台だったろう。


テレビ中継を見ていた私たちでさえ、

胸が熱くなった。


「お疲れ様でした」

と心の底から言える荘厳な国葬だった。


クィーンが亡くなり、

イギリス滞在の様々なことを思い出した。


2️⃣最初は、19歳の時。

ケンブリッジに3週間留学。


その時は、空前のダイアナ妃ブーム😍


小学生の時からイギリスに憧れていた私は、

就職前に、どうしても行きたくて、

父親に頭を下げ、借金を申し出た。


生まれて初めての飛行機。

まずは、福岡から伊丹空港まで。


何とか無事に着いたものの

荷物が出てくる場所が分からず、

そのまま外に出てしまった私。


狼狽える私。

外から、自分の荷物だけが、

クルクル回っているのが見える😱


どうしよう…


半泣きで、

インフォメーションセンターのお姉さんに

助けを求めたことを思い出す🤣


3️⃣帰国後、借金返済と

次の目標【イギリスに1年住みたい‼️】

これを実現するために必死で働いた。


家族から「守銭奴」と言われてもめげず、

ついに、30歳を前に夢を実現😁


サウザンプトンに1年留学‼️


その年の8/31、

ダイアナ元皇太子妃が亡くなった😩


1週間、イギリスの全てがストップ。

私は、記帳するために市庁舎に並んだ。


留学仲間の中には、

ロンドンへ葬儀を見に行った人もいた。


しばらく、

イギリスは『ダイアナロス』だった。


4️⃣その後は、

愛方の卒業&新婚旅行を兼ねて

ヨーロッパ貧乏旅に出た。


ロンドンに入って、

帰りはローマから日本に戻る壮大な旅だった。


もちろん、

サウザンプトンのホストファミリーに

2人で会いに行った。


あの頃は、愛方はまだ英語が話せず、

私に頼っていた。可愛かったな。


今は、4年の海外転勤のおかげで、

英語を話す度胸が付き、頼もしくなった😍


5️⃣それから、女王即位60周年記念の年。

たまたま母とロンドンを訪れた。


儀式は6月。私たちは、3月に訪問。

グッズが、あれこれ売られていた。


手元にあるのは、この2つ。

手放してはいけんな。


6️⃣その後も、

ちょこちょこホストファミリーに会いに

1人でイギリスに行っていた。


I love England.🇬🇧


海外に永住することができるなら、

もちイギリス‼️


7️⃣クィーンの葬儀前、街頭インタビューで

ある英国女性が

「自分が生まれた時からクィーンは、在位していたから、ずっといるものだと思っていた」

と、言っていた。


私もそうだ‼️


私が物心ついた時、

もう彼女はクィーンとして君臨していた。


チャールズの育て方には

少々問題があったと思うが、

凛とした中にも、優しさがあったクィーン。


私の生きている間に、在位期間も品格も

彼女に敵う人はもう二度と現れないな。


彼女と同じ時代を生きてこられて

幸せだったと思う。


8️⃣あー😩

私のこの『クィーンロス』は、

何で埋められるのだろう。

 

次、ロンドンに行っても、

もう彼女はいないんだ。


って、直で会ったことはないけどね🤣🤣🤣




★愛するクィーンの引退儀を見た時、

私は決意した。


「イギリス、そしてエディンバラに行く‼️」


今、それを叶えている。